4×100mRを同期 (合計年齢321歳)で走る!!
今年の三大学戦は、一橋大が主催校で、国立グラウンドで7月11日(土)気温31度を超える暑い中で行われた。恒例のシニアOB 4×100mRに陸上部1965年入部同期の4人(池田⇒柿沼⇒後藤⇒美和 合計年齢321歳)で出場した。記録は、1分29秒50。
*今までの記録(300才以上チーム)
2023年(上柚木) 1分24秒81 309歳(池田⇒橋本⇒後藤⇒美和)
2024年(尼崎) 1分24秒55 306歳(池田⇒橋本⇒後藤⇒井田)
2025年(堺) 1分24秒83 312歳(池田⇒大鳥羽⇒後藤⇒美和)
記録は落ちたが、年齢(321才)を考えると、記念すべき記録と自負している。
しかも、今回初めてメンバー4人が「同期」であるので尚一層誇りたい。
一橋大陸上部OB記録として当分破られないであろう。
シニアOB4×100mRは、学生にOB達も頑張って(楽しんで)いる姿を見せようと【合計200歳以上】と【合計280歳以上(古希)】のグループで行われてきた。
しかし、今年のプログラムには、この区分はなくチーム名、選手名にも年齢をうかがわせる記載はなかった。(「一橋AC321才」名でエントリーしたが「一橋大C」に変わっていた)
私たちのチームはトップから45秒、前のチームから14秒遅れでゴール。見ていた多くの人たちは、事情判らず白けた気分になったのでは?とちょっと残念であった。
いつまでも楽しみながら走れたらこの上ない喜びだ。(1965入 池田隆弘)
《メンバー4人の感想》
第一走者 池田隆弘(81才)
320才チームでリレーをすることを長年の目標としていたので、無事バトンが繋がり大満足と言いたいところだが・・・、
・5月初め怪我で1週間余り入院、医師から3カ月の運動自粛を言われた。一人抜けると320歳に達しないので抜けられなかった。6月から体を少しずつ動かし、当日は練習不足のなか転倒を気にしながら恐々の走り
・スタンディングスタートの事前許可を得ていたので安心していたが、100mスタート直前審判に確認するとNG。関係者間の連絡ミスか。(過去2年はOKであった)
3年ぶりのクラウチングスタートで、心落ち着かぬまま怪我したところを気にしながらのスタートという不満足な走りだった。力不足の言い訳です。
神戸大OB椎木茂久氏は、同期で今年も100mとOBリレーに大阪から来られた。来年も神戸で一緒に走りたいと思っている。
第二走者 柿沼恵三(79才)
約60年ぶりの国立での“公式戦”で、スタートまえに緊張するかと思いきや意外とそうでもなかった。
スタート前、4×100mのリレーは3組あり最終3組目を走ると思っていた。
実際は3組目のレースは存在せず、2組目だったので次の組だと思い込み、未だ位置に付いてなかった。うかつだった。(原因は自分が走る第3レーンを第3レースと聞き間違えてしまっていたから。)
気がついたのは神戸大の第2走の選手からの指摘があったおかげだった。
あわててスタート地点を見遣ると池田氏がすでにスタート体勢だった。危なかった。神戸大の選手に感謝。レース自体はあっという間だったが100メートルがこんなに長いとは。
実は1ヵ月ほど前に不注意から転倒しているので、とにかく転ばないようにと注意した。
レース後のビールがうまかった。皆様のおかげでいい思い出になりました。どうもありがとうございました。
第三走者 後藤哲也(81才)
短距離走には今風の厚底靴より薄底が適当とかで、かなり昔のアシックス・スカイセンサー使用、ウォーミングアップ終えイザ本番と立ち上がったら「後藤さん靴底が剥がれ掛けますよ」と、見たら両方共に外側横面が大きく剥離!、この1足のみで家から履いてきたので今更どうにもで後は静かに行動、レース中に靴底脱落せず本当に良かった!怪我もなくバトンも繋がりました。
私の隣りコースでスパイク使用の神戸大OBは途中肉離れで(バトンは繋がりましたが)帰路タクシー手配⇒「お隣はスパイクで全力走し肉離れ」。
自身の経年劣化は自覚ながら、靴の経年劣化で苦痛とは⇒「こちらは靴底気になり怪我無くリレー終え」。
今年こそは頭に描いた走りをと臨むもそれどころではなかったが、バトンパスは練習の成果で上手く行き今回も新鮮な気分を楽しめました。そして何よりもS40年入部同期4名での初リレーは最高の記念になりました。
第四走者 美和新一(80才)
学生時代は長距離。短距離は極めて遅かったのが、誘われて身の程をわきまえずにシニアOB4×100mR に4年前から参加しています。
学生時代の長距離の試合では勿論のこと、50歳以降定期的に参加をしている市民マラソン大会でも、緊張し、走ることに気持ちが集中する。
しかし、このシニアOB4×100mRでは緊張しない。 走り終えた後に達成感をあまり感じないのも不思議で寂しい。
その理由は加齢による感受性の鈍化だけではない何かがありそうな気がする。・・・・専門外意識、助っ人意識、場違い意識?
そういうこととは別に、1965年(前の東京オリンピックの翌年)に入学、入部した4人が懐かしい国立のグランドで61年を経てまた一緒に走れたのは嬉しく、素晴らしく、滅多にはないこと。
2年間付きまとわれたアキレス腱周囲炎が完治して、痛み再発の懸念が無く走れたのも良かった。来年も参加したいという気持ちが強くなった。
以上