創部100周年記念式典に寄せて - 都留重人先生〜塩野谷祐一先生〜松本正義君に流れる思想的背景
二年後に控える母校創立150周年を前に、我が部は本年創部100周年を迎え、2023年11月4日、如水会館スターホールにおいて、往年の三商大たる大阪公立大学陸友会や神戸大学凌霜陸上競技部OB会等の御来賓をご招待して、総勢230名を超える出席者の下、盛大に行われた。
時、奇しくも、同日付日本経済新聞読書欄の「リーダー本棚」に、住友電工会長兼関西経済団体連合会会長の1967年卒の松本正義君が登壇、執筆されていた。学生時代ゼミの教材であるトーマス・カーライル(1795-1881)「過去と現在」を中心に論ぜられていた。松本君はその思想を自家薬籠中の物とされ、爾後の経営に役立て日々の活動に反映されていたようである。
実は、カーライルはある人物に重要な影響を与えていた。その人物は、ジョン・ラスキン(1819-1900)である。ラスキンの出自は芸術評論家であるが、その後半生は時の経済学者に対して痛切な評論活動を展開、その論拠となったのが、カーライルの思想であった。
カーライルは、塩野谷先生によれば、ラスキンとの関係を次のように叙されている(「ロマン主義の経済思想」p101〜)。
(引用ここから)
ラスキンは、自他ともに認めるように、カーライルの弟子であった。・・・、カーライルは、ラスキンが芸術評論に携わっていた1840年代および50年代には、すでに、「衣装哲学1833」、「フランス革命史1837」、「英雄および英雄崇拝1841」「過去と現在1843」、「現代論パンフレット1850」などの主要著作を出版し終えていた。ラスキンはこれらのものを読んだ。1850年ごろから両者は交流を持つようになったが、カーライルは芸術には関心がなく、両者の思想的親交は、もっぱらラスキンが執筆活動の最初の10年を費やして社会的な問題意識に目覚め、カーライルの烈しい社会批判に同調することによって得られたものであった。
カーライルはラスキンの最初の社会批判の書である「この最後の者にも」の第一論文を読んで、その快挙に歓声を上げたという。この書物は・・・、批評家たちの悪評と非難によって、出版社は4回で掲載を打ち切り、・・・。カーライルはこれを惜しみ、・・・、続編の発表をラスキンに勧めた。・・・。
芸術評論家としての名声を勝ち得ていたラスキンは、社会批判に転向した後、四面楚歌の痛罵に晒されることとなったが、カーライルはラスキンの「輝かしい能力−快活さ、高く純粋な道徳性、天上界のごとき輝き」と、「不正、虚偽、卑劣に対する神々しいまでの義憤」を称賛し、ただ一人彼に激励の声を送った。一方、ラスキンはカーライルを世界で唯一の理解ある支持者と見なし、絶対の忠誠と信頼を寄せた。両者は相互の愛着と嘆賞によって結ばれたのである。
(引用ここまで)
そのラスキンの思想は、都留・塩野谷両先生の思想に重大なる影響を与えたものとして、両先生をつないでいる。
ラスキンの「この最後の者にも」の第四論文に人口に膾炙する件がある。
生以外に富は存在しない(There is no Wealth,but Life.)
である。換言すれば、「生」こそ「富」という思想である。
ラスキンによれば、富(wealth) と富裕(rich)をはっきり区別し、前者「富」は絶対的なもので、それ自身価値あるもの、後者「富裕」は相対的術語であって、一人の人物又は社会の財産を、その他の人々又は諸社会のそれと比較した場合のその大きさを表すものとし、貧者の存在又は貧しい社会の存在を許容し、場合によっては必要とさえするものであるとした。
ラスキンの「経済学」の定義が「“富”の科学であり、それは人間の能力と志向に関する学問」という点に都留・塩野谷両先生の思想の底流に共通するものがあるように思えるのである。それは、カーライルの思想を通して、松本君の思想に通ずるものと言えるのではなかろうか。
注 ラスキンの「この最後の者にも」の原題は、”Unto This Last”であり、塩野谷先生の解説では、「新約聖書マタイ福音書の「ぶどう園の労働者」という話である。ぶどう園の主人が日雇いの労働者を集めて仕事をさせた際、最後にぶどう園に来てわずかの時間働いただけの労働者にも、初めから長時間働いた労働者と同じ額の賃金を払う」(同書p160) ということで、功利主義や現行の成果主義人事制度からすれば、到底受け容れられるものではないであろうが、ラスキンによれば、労働量の多寡にかかわらず、労働の価値は平等であるということであろう。
吉田 良三(1967卒)
※引用ここから、ここまで、の文字はHP管理人が挿入しました。また有料記事ですので未登録ですと中身は見ることはできませんが、文中の日本経済新聞、松本先輩の書評へのリンクを張ります。⇒リーダー本棚 住友電工会長・松本正義さんの本棚 危機克服する力養う 2023/11/04 掲載