皆さんは、「関東ふれあいの道」をご存知ですか?
環境省の長距離自然歩道構想(北海道から
九州まで、総延長21,000km)の関東版、首都圏自然歩道のことで
1988年頃までに整備された関東1都6県にまたがるハイキングコースです。
「関東ふれあいの道」は、全部で144コースあり、総延長は1655kmになります。(現在は栃木県のコースが福島県まで
延長されて、160コース、1800qになっています)
コースの一つ一つは、誰でも行くことができる身近なハイキング・コースで、NHKが週末に(首都圏向けに)放送している
首都圏「土曜すてき旅」のようなコース、つまり各地域のちょっとした歴史・文化そして自然に触れることができる
日帰りハイキング・コースとなっています。田園地帯をのんびりと7、8km歩く程度のコースもあれば、
アップダウンの続く山道を20km以上一気に歩く健脚者向けコースもあります。ただ、標高1000mを
超える山道はほとんどありませんので、一人でも安心して歩くことができます。
私は、2009年5月から千葉県内のコースを歩き始めましたが、身近な地域の歴史や自然に触れる
楽しさと、コースを一つ一つ踏破していく達成感に味を占め、時間を見つけては、次から次と関東ふれあいの道を歩き、
このたび、1都6県の144全コースを歩き終わりました。
約3年かけて、関東1周約1600kmを歩いたことになります。
簡単に関東1周を振り返ると次のようになります。
まず、千葉県コースは、佐原をスタートして、利根川をさかのぼり、印旛沼から南に進み、茂原周辺の
丘陵地帯を歩いた後、九十九里に出ます。そこから、
海岸沿いを南に歩き、勝浦から房総半島南部の山を西に歩いて、鋸山に出る29コース、約300kmで8か月かかりました。
次は、神奈川県。千葉県金谷からフェリーで久里浜に渡り、三浦三崎から海岸沿いに逗子、鎌倉、江の島、そして湘南海岸を
大磯まで歩き、大磯から北に丘陵地帯を歩き、秦野市。大山周辺を一周した後、丹沢山塊の東側の山々を歩き、最後は、城山、
津久井湖から東京都高尾山につながる、17コース、約150km。6週間で歩きました。
東京都は、短くて、高尾山から陣馬高原、生藤山と北に北に歩いていき、日の出山、御嶽神社そして棒ノ嶺から
沢を下って、埼玉県に入る7コース。すべて、山歩きの92kmで、3週間で歩きました。
埼玉県は、奥武蔵の山が中心です。西武秩父線沿線の子の権現、伊豆が岳、正丸峠、大霧山などを歩いてから長瀞、宝登山、
そして城峯山から群馬県神流湖(かんなこ)へ下っていく、13コース、160km。4週間かかりました。
群馬県は、神流湖から北に山道をすすみ、高崎市に入った後、上信電鉄沿線を西に下仁田まですすみ、そこから北に向い、
妙義山周辺を歩いた後、信越線横川駅に達します。横川からは北東に歩いて榛名山、榛名湖、伊香保を経て、上越線渋川へ。
渋川から東にすすみ、赤城山周辺の山々を歩いた後、わたらせ渓谷鉄道沿いの山々や草木湖周辺を栃木県日光市(足尾)まで
行きます。35コース、350kmで、11ヶ月かかりました。
栃木県コースは、わたらせ渓谷鉄道の終点、間藤(まとう)駅から西に登っていった庚申山から始まり、東に進んで足尾、
前日光牧場と歩き、その後足利市、佐野市、大平山、栃木市と、栃木県南部の比較的低い山々と田園地帯、両毛線沿線
を東に歩いて、真岡市まで行き、真岡鉄道沿いに山に囲まれた農村地帯を歩いて、益子、茂木、そして茨城県の那珂川までの
25コース、265km。6か月かかりました。
最後の茨城県コースは、常陸大宮市の那珂川からスタート、低い山々を南に歩いて笠間市、そこから西に田園地帯を歩いた後、
筑波山の北側の連山を縦走、雨引山、燕山、加波山、足尾山、そして筑波山へ。筑波山周辺の果樹園、農村地帯を歩いた後、つくば市まで行き、
つくば市からは、土浦を経て霞ヶ浦の湖岸沿いに千葉県佐原まで歩きました。18コース、230km。2ヶ月で歩きました。
関東ふれあいの道は、既存のハイキング・コースや古くからの「みち」を整備したもので、県によってかなり違いがありますが、
案内板や名所・旧跡の説明版がポイント、ポイントに設置されています。
また、各都県が、それぞれコース毎の地図を作成していて、担当部課で手に入れることができます。
ふれあいのみちには、山を歩くコースもありますが、ふれあいの道でなければ
決して訪れることがないような集落や田園地帯を歩くことも多いです。
どの地域にも、
歴史ある地元の神社や寺があり、名もない石仏や講の石碑がみちの傍らにひっそりと立っています。
地元の人から話を聞いたり、説明版を読んだりしながら、祈りが生活とともにある、そんな
原風景の中をのんびり歩くのもいいものです。
われわれが、ハイキング・コースとして何げなく歩いている「みち」にも、歴史をたどると、「生活のみち」
「いのりのみち」「たたかいのみち」といろいろあるのが分かりました。生活物資や「炭」「織物」などの商品を運ぶみち「生活のみち」が
多いですが、山岳信仰を中心に神社や寺への巡礼のみちや修行のみち、また各地にあった山城を守るためのみち、古戦場を結ぶみち、
古くは防人が
九州に向ったみちが残っています。さらに湯治場、例えば草津温泉へのみちも残っています。こういった「みち」を
実際に歩いてみると、自動車も新幹線もない時代でも、スピードはゆっくりだとはいえ、人の往来、文化の往来、物資の往来が、
現在と変わりなくあったということが実感できます。
栃木県コースの中に、下野国国庁跡、いわば、律令政権の「北関東出張所」の跡を通るコースがあります。
このコースは、右手に筑波山、
左手に男体山、日光連山を見ながら、田園地帯を歩きますが、律令政権の頃も多分同じような眺めであったと思います。
人工物に比べ、ゆったりどっしりしている自然の大きさを感じます。
そういう意味では、関東ふれあいの道を歩いていて、がっかりするのが、高速道路とゴルフ場です。
静かな山道を歩いていて開けたところに出た途端、例えば妙義山付近から横川に抜けるときなど、
急にバイクや車の音が聞こえてくることがありましたが、この騒音のうるさいこと。
山の静けさが急に壊されてしまい、音だけでなく、排気ガスも充満しているような気になってきます。
次にゴルフ場。静かな山里を破壊して、無理やり作り出された人工物。
周りの森や林とはまるで違う偽物の自然が作られています。
特にゴルフ場付近の山道を歩いているときに、車がスピードをあげて通り過ぎて排気ガスだけを残していくと、
本当に腹立たしく思います。
関東地方にもまだまだ野生の動植物がたくさん残っています。
幸い熊には遭遇しませんでしたが、東京から栃木までは、熊よけの鈴をつけて歩きました。猿はよく見かけました。
栃木県の足尾では、家の庭に大きな猫がいて、こちらを見ているような気がしたので、近づいて
よく見ると、大きな猿でした。カモシカには、3回会いました。すこしこわかったのは、イノシシ。群馬県赤城山付近の林道を歩いていたら
体長1.5mぐらいの大きな黒いイノシシが目の前を通り過ぎ、山に逃げ込んでいきました。その後ろに
家族がいたのでしょうか、がさがさと音がしていたので、熊よけの鈴を大きく鳴らしながら、こわごわと通り過ぎました。
まだまだ、いろいろな思い出がありますが、このあたりでやめておきます。
これからの予定ですが、いままでは、全コース踏破を目標に次から次とがむしゃらに歩いてきましたが、
これからは、印象に残っているコースを、そのコースにとってベストな季節、例えば桜の季節、
新緑の季節、紅葉の季節、冬の眺望のいい季節に再訪してもう一度楽しんでこようと思っています。
写真は、@関東ふれあいの道パンフレットA高尾山付近のコース案内板B千葉県勝浦のメガネ岩C東京都棒ノ嶺
D群馬県みどり市大滝E茨城県霞ケ浦F群馬県安中市G群馬県神流湖
(7月29日受信)
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