宮崎青島太平洋マラソン10km・・・・・ 後藤 哲也 (昭和44年卒)●12月11(日)に掲記のレースを走った。11月下旬の 「川崎国際多摩川マラソン10km」ではペース配分失敗し、 脚の向う脛が痙攣し、自己ワースト記録だった反省から、前半は楽に入った。 後半は向い風だったので上体から突っ込む走りとなり、 結果的に脚でなく体全体を使って走ることができ、記録は51分台・60歳以上12位=1割以内と、まずまず。●宮崎空港に降りたら、カメラシャッター役を頼まれた。 見たらワイナイナ選手と写真を撮りたい人。では私もと、 携帯で。サインも。今日は何日かと聞かれたので、“ten”と答えたら、 「あっ、トウカね」と言ってサイン。彼は日野市在住で日本語も堪能な好青年! ●試合当日、会場で君原健二選手にバッタリ。「君原さん、お久し振りです!」と。 向うは当然知らないはずだが、付添いの大会関係者は知り合いと勘違いし、 私も一緒に招待者控えテントへ案内される。長野県野沢・菜の花マラソンで2km位を君原氏と一緒に 話を伺いながら走らせて頂いたと(その時は途中から、何と私が先に)、私は君原選手のファンで二男の 名前は“健氏”と。大会関係者が気を利かせて写真でもと。ではサインもと。 なお、君原選手はフルマラソンに出場し、3時間50数分で完走。ご立派! ●ウォーミングアップ中とゴール直後の2回、地元テレビ局の取材を受けた。 日野走友会名入りのランシャツを着用していたので遠来の参加者と思ってか。 (1月7日 受信) |