「OB戦:71才同期 5000mデッドヒート」・・後藤 哲也(1965年入学)


 10月22日に開催されたOB戦でタータントラックになってから初めて5,000mを走った。数年前に土のグランドで同期の池田君(以下、学生時代の綽名の“お爺ちゃん”と記す)と走り、惨敗を喫した時以来のOB戦5,000m出場である。
お爺ちゃん自身は5,000m出場には気乗り薄の様子で、100m、200mだけでなく、今年は何と走幅跳にも出場!しかし、200mフライング失格で気持に変化が生じたのか5,000mも出場となり、71才同期対決が実現。
2016-OB戦
 レースはスタート直後からお爺ちゃんが先行し、最大で数十mの差が付いたが、先回のように差が広がる一方という悪夢を見ることなく、4,000m(残り1,000m)をむかえた。
先行するお爺ちゃんの背中を敢えて見ず、5m程度先のトラック面だけを見て走っていたら、お爺ちゃんの靴が視野内に入ってきた。「オッ!近付いてきたぞ!=お爺ちゃん疲れてきたぞ!」。今だとばかり追い付く⇒後ろに付く⇒直線で抜く⇒きついので一呼吸入れる⇒お爺ちゃんが追い付く⇒こちら逃げるが⇒お爺ちゃんが抜き返す⇒そうはさせじと食らい付き⇒今度はこちらが前に出る。の「抜きつ抜かれつ」を残り1,000mで5度繰り返す。最終第4コーナー(バテ松があった付近)では私が先行していたが、スプリント力に勝るお爺ちゃんにゴール前でさされ、必死で追い込むも胸の差でやられた。
 最後はお爺ちゃん(池田)25分48秒10、後藤25分48秒30で僅差0秒2の71才同期同士の正にデッドヒートであった。

 私の目標は28分切りだったので、好敵手“お爺ちゃん”のお陰で25分台で走れ大満足。
来年のOB戦でも是非お手合わせしたいもの。
まだ、そこそこ走れることが分ったので、目標として80才までは毎回OB戦5000mに出て、年齢/体力/気力/記録の推移関係を探ってみたく。
しかし、きつかった!呼吸器を目一杯使ったので秋の花粉を沢山吸いこんだようで、レース直後からクシャミが止まらなかった。

 今回のレースで学習したことは、日頃ただLSD(ロング・スロー・ディスタンス)練習してるだけでは駄目で、“お爺ちゃん”に勝つにはスピード練習もいるということ。
とは言え、年取るにつれ、LSDどころかSSD(ショート・スロー・ディスタンス)特化中の私には大きな課題である。

[なお、この記事投稿はレースを写真撮影の一橋陸上競技倶楽部・井田理事(S51卒)がHP掲載を勧めて下さったことによります。]